自宅介護を続けられる幸運

褒めて頂けるけど

妻を自宅で介護している事を「偉いね」や「凄いね」と言われる。

それをそのまま受け入れても良いのかも知れないが、私としては『結婚生活をしていて偉いね』や『育児をして凄いね』といちいち言わないのにと受け取ってしまいます。

そう言って頂ける方によくよく話しを聞いてみるとご主人や奥さん、実の親御さんもしくは義理の親御さんを施設で看て頂いていた方が多い様に思います。

自宅介護をご経験された方は、その言葉より自分はどうっだったとお話しをされる事が多いです。

その方も私も、施設に入っている事が不幸だと思っている訳ではありません。自分たちが続けたい生活スタイルが続けて居られている幸運だと思っているだけです。

要するに、「(自分は出来なかった事をやっていて)偉いね」と言って居られるのだと気が付きました。

それからは、謙遜ではなく『偉いと言うより、続けられる環境が揃っていてラッキーでした』と言える様になりました。

※ここからは、前に書いていた記事の抜き出しの様になってしまいます。

性格変化をコントロール出来た幸運

これは結果論でしかありませんが、これで心が折れる事が無かったのは本当にラッキーだと思っています。

元々の妻の性格なのか色々と試した結果なのか、私自身がこの件についてハードルを上げすぎていたのかどれが1番効果的だったのかは分かりません。

ただ、事前に経験談を吸収出来る環境にあったので、私の心を折る様な出来事の前に身構える事が出来た事は大きかったと思います。

不随意運動に備えられた幸運

これも経験談を吸収する中で、自分たちも出来る事を酷くなる前から取り入れてみたり、応用する事が出来たのはラッキーだと思います。

勿論、それだけでは対応し切れずに怪我をさせてしまった事が幾度もありました。それでも、他の病気の方が提案されている事で乗り切れるもありました。

こう言う情報も、インターネットが普及する前だと手に入らなかったでしょうが、今は簡単に共有する事が出来るのでこの時代に介護を始められた事もラッキーだと思います。

訪問サービスが動き出した幸運

介護保険制度が成熟して、施設や病院で亡くなる事が当たり前になり始めて、その反動で今度は自宅で看取る事にステータスが付加され始めた時期に介護をスタートしました。

私たちが自宅生活を始めた頃と今では受けられるサービス数が全然違うので、これもラッキーだと思います。

制度上、私たちでは利用出来ない物や今以上に自己負担を求められてしまう物もありますが、自分の役割や出来る事に固執しなければひと昔前よりかは楽になっていると思います。

当たり前の夫婦生活

一口に夫婦生活と言っても色々な形があると思います。

私たちの形もその1つでしかなく、人様に褒められて喜ぶ様な事でも無いと考えています。

私は、その様に声を掛けてこちらのテリトリーに踏み込んで来られた方には、ご自身がご経験された事も聞くようにしています。

変な表現ですが、それでやっと対等にお話しが出来る様な気がしています。

心の声

・他人の家の家庭事情に又聞きで踏み込ん出来て首を突っ込むなら、それなりの通行料を出して欲しい。

・幸運かラッキーかどちらかに統一して下さい。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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