雲海からのご来光

引っ越し

第一陣

諸々の整理が出来た段階で私と飼い犬のポッキーだけ実家に戻り、荷物の運搬と使用する2階にあるかつての部屋の整理を行った。

私が高校まで使っていた部屋は2人の弟が使っていて半分物置状態になっていたが私が戻って来る前に整理をしていてくれていた。

食器の様な自宅では直ぐには使わないであろう物は更に整理して、物置に移した。

荷物整理の間に弟がポッキーの新居回りの準備をしてくれた。住まいが屋外になり、かなり不安そうにしていたが、お気に入りの毛布で昼寝を始めたので安心した。

夜、妻抜きで開かれた食事会で、改めて現状と今後迷惑をかける事に対してお願いをした。

この段階で、両親や弟達がどこまで理解していたのかは分からない。

まず、私自身そして妻本人もどうなって行くのかは、解かってはいなかった。

荷物の搬出

整理を終え、妻の元に戻ると大家さん夫婦に声を掛けられた。

改めて、休みの融通が利く旦那さんが働いて居られる会社に勤めてみないかと誘って頂いた。本当に有り難ったが、丁重にお断りをさせて頂いた。

次の日には会社に顔を出し、現状を確認をした。想像以上にトラブルが無い事に寂しさも覚えた。

そのまま妻と2人で妻がパートで働いていたラーメン屋さんで食事を行い、明日の午前中には来る引っ越し業者を迎える準備の続きを行った。

翌朝、予定より早く着いたトラックに慌てながら大きな荷物の搬出をお願いし、私達は掃除機を掛けながら段ボールの移動を手伝った。

家を借り始めた当初の部屋に戻って行く様を見ながら、柄にも無く今までの事を思い返し感傷に浸ってしまった。

出発

引っ越し業者のトラックを見送り、この日は会社のホテルに宿を取っていた。

夫婦でゆっくり過ごすつもりだったが、立ち代わり入れ替わりに来る社員さんの対応で食事が遅いと担当仲居に怒られた。

妻が寝た後に、施設管理の営繕さんと夜勤・夜警担当さんとお話しをさせて頂いた。

翌朝、大家さんの家を経由して実家に向けて出発をした。

私は、退社と転居手続きでもう一度戻って来る予定だったが、妻は最後の別れになるかも知れないと泣いていた。

この日から、ここに元気な姿で戻って来る事も私達夫婦の目標の1つになった。

心の声

・物置に移した食器類は、10数年経過した今でも開封される事無く眠っている。起こす予定も無い。

・この後、1度だけ妻を大家さん夫婦に会わせる事が出来た。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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