雲海からのご来光

子供について~子供と出会って思う事~

別れを前提にした出会い

朝、目を覚まして意外に冷静な自分に気付く。いつも以上に妻を起こさない様にベットを下りて車に積み込んだ荷物の確認と補充を1人で行う。

食事の指定は無かったけど、念の為に病院に着いてから食べようかななどとも考えていた。

部屋に戻り、妻の肩を揺すりながらゆっくりと起こす。挨拶を交わしながら今の状態が判るか確認をする。お腹を摩りながら頷く妻を抱いて「子供に会いにいこうか」と声を掛けて車へ促した。

車の傍には、ゴソゴソ動き始めた私たちの気配を感じた大家さんが泣きながら立って様子を伺っていた。大家さんに声を掛けると妻を抱きしめ、それに妻はまた泣き出した。

2人が会話をしている間に妻が座る助手席のシートを倒し、ゆっくり出来る体勢にして車を走らせた。

瞬く間に

病院に着くとそのまま病棟に案内され、担当医との話しをしながら検査を行った。

事前に連絡をして頂いていた検査と今回の検査を踏まえ、やはりお腹の中で亡くなっていると告げられた。

前回からの間隔を考慮し、現状の了解確認が行われてから直ぐに陣痛促進剤を投与を始めた。この時初めて知ったが、死産であっても切開ではなく、極力出産の形を取るらしい。

その処置を行いながら私は別室に呼ばれ、説明を受ける。「お子さんは妊娠12週を超えているので、役所に届け出を出さなければなりません。」「届け出にはお子さんの名前を記載しなければなりませんので、短い時間ですが考えて上げて下さい。」

説明を受けながら火葬が必要だと聞いた時に説明を中断して出発前の私の父親に電話で連絡を取った。火葬を行う必要だと伝え、近所の建具屋さんに両手で持てるぐらいの棺桶を作って来てくれる様にお願いをして電話を切った。

引き続き流れの説明を受けたが、その間も子供の名前を考えていて居た。要するに、妻の陣痛待ちとしか記憶していない。

病室に戻り私の口からも現状を説明すると感心を持ったのはやはり名前の件だった。

子供も早く出たがって居たのか、妻も早く出して上げたかったのか薬の効きが良く、両家の親が到着すると同時に分娩室に入った。それぞれの親に現状と今後の説明を行いながらも子供の名前を考えていた。

程なくして立ち会って頂いた担当医が残念そうな顔で出てきた。妻の状態を確認すると、安定はしているが暫くは分娩室で点滴を行うと言う事だったので、許可を頂いて付き添う事にした。

あなたの名前は

分娩室に入る流れで強く希望して子供を見せて頂いた。その時に、名前が決まった。

妻の手を握りながら点滴が落ちる様子を見る妻は分娩室の天井を見上げていた。沈黙の後、子供に会って来たと話しをした。妻は、「怖くて、申し訳無くて会えないから見てくれてありがとう」と言ってくれた。

一言二言話しをして、子供の名前を『秋人(あきひと)』と決めた事を告げた。

秋人=秋に人として私たちの子供で居てくれてありがとう。

名前の意味を告げると良い名前だと言ってくれたので、秋人の手続きを進める事にした。

ただ、秋人にはもう一つの意味がある。妻には今でも最初の意味しか伝えて居ない。

秋人=秋に人並みの人生を歩かせる事が出来なくてごめんなさい。

これは、妻に直接言う事では無いと今でも思っている。

心の声

・経験しないと判らない制度が多い。

・県内外から注文がある建具屋さん。その方が作る棺桶。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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