雲海からのご来光

妻は患者ではなく妻

妻に言い続ける事

妻がハンチントン病を患っている事が判り、それでも横に居続ける事を決めた時に、妻にそして自分に言い聞かせ続けている事がいくつかある。

その中で、夫婦として大事にしている『私にとって貴女は患者では無く、最愛の女性』であると言う事。

患者では無く、友人では無く、親では無く、兄妹では無く、ましてや子供でも無い、私と対等の妻である。

妻の病気が進行し、自分で出来る身の回りの事が減って来てもこの事を言い続けたし、ついさっきも病室の耳元で言って来たばかりだ。

態度だけで無く、目を見て伝える

私は貴女を大事にしている。私は貴女に寄り添っている。そんな想いを態度や行動だけで示しても限界があると思う。単に私がそう言う事を言いたいロマンティストなだけなのかも知れないが、態度に言葉を重ねる事は決してマイナスにはならないと思う。

これは結果論ですが、早い段階からこう言う事を目と目を合わせて言う癖を付けていたお陰で、意思疎通が難しくなった今でも躊躇する事なく様子を伺う事が出来ていると考えている。

恥ずかしげも無くどんな事を言っているのかを文字にしてみると、

「愛しているよ。ずっーと横に居るからね。大丈夫だからね。今でも大事な女性として見てるからね」

となる。居酒屋や電車内でこんな事をほざいているカップルが居たらローリングソバットを放ってしまう衝動に駆られそうだが、これを2〜3週間置き15年続けると、不安そうな顔をしていても目線を合わせながらこの言葉を言いながら肩をポンポンしていると寝てしまう状態にまでなった。

この言葉の中身が重要なのでは無く、何が安心出来る状態なのかそれを今でもして貰える状態なのかを呼び起こす呪文の様なものです。

別に方言でも英語でもツンデレ文言でも、言う側と言われる側の意味が希望あるものであれば、本人の意識の有無は大した問題では無いと思う。

勘違いしてはいけない

と、偉そうに書いていても急にこの境地に辿り着いた訳もなく、直面と超越と割り切りが混在しての今です。

出来て居ないから・出来そうに無いからは、その直面から目を逸らして居ないから悩む。手を引いたからは、本当の意味で手を引かれている方は何事にも無関心になり、手を引いたと意識すらされません。

自宅介護でも施設入所でも入院でも、本当の意味で手を離さないでいて上げて下さい。そのしなくてもいい方法を沢山話し合って下さい。考えて上げて下さい。

意思疎通が難しくなっても通じ合える心の鍵を作って下さい。

ちなみに、迷った時に問い掛けをした際に、意思表示が出来ずNOと言えない妻の解答は全てYES。無条件の肯定と割り切っている。

心の声

・後悔が無いと言えば嘘になるし、声が聴きたいは本音。

・結局はロマンティスト。

・酔っ払っいの戯言。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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