雲海からのご来光

学生時代の妻との思い出-弓道部-

3年間同じクラス

ハンチントン病を発病する前から妻とは同棲生活を行っていた。それ以前に、高校時代を共にした同級生でもある。

私たちが入学した農業高校では、生物や植物の飼育や育成を専攻するA科、森林管理や地質を専攻するF科、介護・福祉関係を専攻するW科に分かれてクラス替えを行わずに3年間同じメンバーと机を並べていた。その為、最も多感な時期を過ごした同級生の絆は強く、高校を卒業して行う同窓会は絶える事無く毎年1回は行っている。既に同窓生だけでなくその家族まで巻き込んでしまっているので、よく分らないコミュニティが出来上がってしまった。

妻への印象

私たちは2人ともA科に入学したが、妻は果樹を専攻し、柑橘類やメロンやマンゴーなどの育成を専攻していた。私は微生物を専攻し、ワインや焼酎、カルピスの様な乳飲料を勉強として合法的(ここ大事)に校内で作っていた。

国語や数学などの座学は揃って受けていたが、専攻科目は違っていたという事もあり接点は多くなかった。妻が集まっていたグループと私が集まっていたグループで共通があったとすれば弓道部が多かった事だろうか。

私はテニスで膝を壊してしまい、高2の夏からは帰宅部で暇を持て余していた。妻は同じ学校で学んでいた姉を追って弓道部に入部し、団体戦では県で上位に入る腕前だった。らしい。免状と賞状が残っているから間違いないのだろう。正直、それぐらいの印象しかない。

ただ、弓道部で弓を射る袴姿に見惚れていたのは確かだ。いや、妻がいなくても袴姿にクラクラしていた記憶があるので、脳内補正をされているのかも知れない。

卒業後も残る影響

同窓会で再会したのをきっかけに交際がスタートするのだが、弓道を修めていた頃の名残で、お店の座敷から立ち上がる時に思わず弓道の所作にある足を引いて立ち上ったり、待ち姿が異様に姿勢が良かったりする姿が少し可笑しかった。

また、自身も出場していた学生と社会人が混合で競う弓道大会も定番デートの1つだった。会場が古くバリアフリーでは無い為、ある時期から観戦を行う事が出来なくなった事をとても残念に思っていた様だ。

個人的な考えだが、弓道で培った体幹や所作は後に訪れるハンチントン病との闘病生活に大きな影響を与えていると思っている。介護を行う上でも、身体を支える上でも体幹がある事で寄り添う私が楽だったり、移乗時に必要な足を曲げる事がクセ付いていたりととてもありがたい。

心の声

・お盆休みの間に下書きを何個も書いておいたうちの1つ。短め。

・今でも神社で袴姿の巫女さんを見るとクラクラする。よく「巫女さんが居る」と教えてくれていた。今考えると見透かされていて恥ずかしい。

・過去に無駄など無いと思う。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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