ハンチントン病発病後、初の雲海

性格変化と永久気管孔

私が一番怖かった症状

ハンチントン病の説明を受けていた当時の私が一番恐れていた事は、不随意運動で寝たきりになる事よりも性格変化が起こる事でした。性格変化が起きて、彼女の口で不信感や誹りを受けても尚、妻の横に居る事が出来るか不安で堪らなかった。妻の診察を行った後に医師と二人でお話しをさせて貰える機会を頂いた際には、こればかり気にして兆候が出ていないか、ケアの方法はあるかと同じ様な質問を何度もしていた。

性格変化も不随意運動も同じハンチントン病でも個人差が大きく、親子や親族であっても起こるかどうかの予測は出来なかった。また、不随意運動に備える様に、筋トレや散歩をする様な予防も出来ないと言われていた。

結果的には、妻は不随意運動はかなり酷く出る事になり、事故の予防に注視しなければいけないが、心配していた大きな性格変化は起きる事は無かった。正確には、抑え込む事が出来たと思っている。これは、結果論なので全然お薦め出来ないし、現在の介護業界では『虐待』のレッテルを貼られてしまうかも知れません。いや、貼られると思っています。

自分の怖さが必要以上に

妻の性格変化は、この約15年で大きな波が3回ほどありました。細かく言うと、入籍して2年目と4年目、5年目です。他にも小さい事でイライラしたり怒る事はもちろんありましたが、それは病状の進行に対する苛立ちと捉えています。

その3回に私が取った行動は、『私から離婚を切り出す』です。妻が、私を必要としてくれている事を心の底から信じていたので、怒りや苛立ちに飲み込まれそうな時には、それ以上の勢いで離婚の刀を振り回しました。「父親の所に連れて行くから準備しろ」とまで言っていました。

これは本当に危険な事で、絶望感から自殺に追い込みかねない手段です。だから絶対にお薦めしませんし、これから同じ局面に直面しても同じ事は出来ません。人がやっていたら自分の行いを棚に上げて、全力で止めます。

改めて考えると、そんな事をしなくても性格変化は起きず、穏やかな生活が送れていたかも知れません。 しかし、当時の私はそのやり方しか見つける事が出来ませんでした。

現在は、当事者と付き添いの方それぞれに適したケアが検討されています。様々な方が経験談を出し合い、それを基にした解決方法を模索する事が確立されつつあります。

魔法の言葉を作っておいた

妻の感情の振れ幅が大きかった時は、私自身の心のコントロールが難しくなりました。そんな時、入籍前に決めていた魔法の言葉をよく唱えていました。そして、その言葉で私は今日まで付き添いが出来ています。

それは、「私の手が必要ないなら言って下さい。すぐに別れます。私の手が要るならずっとそばに居ます。」

喧嘩の後や離婚の話しを持ち出した時には必ずこの言葉を言って、妻の気持ちを何度も何度も繰り返し確認しました。性格変化の大きな波が来ていた時は「要らないと」言われた事があります。その時はそこで話を止めて、時間をおいてから改めて確認を行いました。その日のうちに答えが変わらない時には、荷物をまとめさせながら問い掛けましたが、絶対に私からは「居て欲しい」とは言いませんでした。なんとなく言ってはいけない気がしただけで、深い意味はありません。ただ、そのお陰で早急に解決させるのではなく、妻が落ち着いてくれる時間を作る事が出来たと感じています。

妻のスイッチが抜けて、一度でも「居て欲しい」と言ってくれたその後にぶり返しても、それは直前に言ってくれた「居て欲しい」を糧に受け止めました。そして、時間を掛けて今の気持ちや不安に思っている事を聞く為の時間を作り続けました。

言葉を失った今でも

ハンチントン病が判った当初の 2人の気持ちの擦り合わせ表 では、絶対に人工呼吸器などは付けたくないとしていました。しかし、肺炎のリスクが高まり、吸引回数が増えた中で自宅に居続ける為に永久気管孔造設を決意しました。感情を訴える言葉だけでなく、泣き声や呻き声も発する事が出来なくなった今でも、真っ直ぐな眼で私を見てくれています。

目線から外れると、探してくれています。言葉を失ってもその態度で、私の魔法の言葉に対して応え続けてくれています。だから、これからも続ける事が出来ます。

妻が声を失って、1ヶ月ぐらいはどう接しようかかなり悩みました。しかし、妻の眼を見る時間が増えていく事で、妻のやりたい事ややって欲しい事が判る様になり、この時からテレパシーを開花したと自負しています。オカルト的な怖い事ではなくて、私がこうやって欲しいかな?という事に対して妻は反論しないので、『合ってる』『間違いない』と確信を持って判断する事が出来る様になったという意味です。

これに関しては、声が出ないからじゃないかという正論はお断りします。私が間違っていると思うなら妻に聞いてみて下さいと強い気持ちで跳ね除けています。自分でも頑固かなと思いますが、これぐらいでないと想像や経験で妻の意見を代弁して下さる方々の意見を集約して、一つに決断をする事は出来ないと実感しています。

心の声

発語や発音が難しくなって本人が諦めかけても、時間が掛かっても沢山声を聞いて上げて欲しい。会話して上げて欲しい。本人の意思表示が難しくなった時、身に付いたテレパシーで聞こえて来る付き添われる方の答えと当事者の答えが近くなる様に、ギリギリまで最新情報に塗り替えて欲しいと心の底から思う。

けど、最新情報がマイナスな物だったら綺麗サッパリ忘れて、一番モチベーションが高かった頃に差し替えてしまえばいいと思う。本人が反論しないから。

子供が居れば、もっと違う解決法があったかもな。

気管孔の写真を載せようと思ったけど、なんか一般的にイメージされている状態とは異なり、訪問看護さんも最初は(今も?)戸惑ってしまう状態だったのでやめておこう。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください