ハンチントン病発病後、初の雲海

遺伝子診断を受ける

受診予定を早めて頂き、神経内科でお世話になっている医師に結婚をする意思を伝える。それに先立って、遺伝子診断を受けた上で2人の人生設計を組んで行きたいととも伝えた。次に、遺伝カウンセリングの医師とお話しをさせて頂き、先程と同じお話しをして遺伝子診断を受ける意思表示を行った。

正直、家族会や病院の説明であった暴力的になったり暴言を吐いたりする性格変化は起こっておらず、手を貸さなくても私と同じ速度で自立歩行が出来ていたので陰性の可能性も捨ててはいなかった。彼女の父親にも正式に母親から遺伝しているかを調べる検査を受ける旨のお話しをして、承諾を得る事が出来た。彼女の唯一の姉妹である姉にも連絡をしておいた。彼女同様、遺伝する病気だとは父親から聞かされていなかった様だったが、良くなるのであればと承諾を得た。

後日、彼女から血液が抜かれ遺伝子検査を行える施設へ提出させて頂いた。付き添いで横で見ていたが普通の採血と変わらず、もっとドラマチックなのかと身構えていたので拍子抜けした様な感覚だった。

採血の帰り道、何時も行くのを躊躇っていた少し値段が高そうなお店で食事をした。予想より高くて二人ともドキドキとニヤニヤの中間ぐらいの顔で食事を進めた。

 

今思い返すと、遠方ではあったが姉にはもう少し時間を掛けて話しをしておいた方が良かったかとも思う。姉妹の様にごく近い身内が受け継いでいるという事になると、姉自身も発病のリスクを負うという事を本当に理解していたかと言うと疑問が残る。ただ、完全に理解した方が良かったかというとそうでも無い気もする。私が考える遺伝病の残酷な一面は、兄弟姉妹であっても受け継ぐ人と受け継がない人がいるという事。また、受け継いでいれば子や孫、その先までケアしないといけないが、受け継いでいなければ考えなくても良い点です。赤の他人ならいざ知らず、顔を突き合わせる家族間で肉体的、精神的、そして経済的に差が出て来るのは本当に厳しいと感じます。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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