同棲を終える

多少の予定は狂ったものの、ご挨拶にお伺いする方にも2人揃ってお会いする事ができ、病気のお話しをさせて頂いた。また、行きたかった思い出のお店も全て回る事が出来た。

帰郷最終日には、庭でBBQをしながら近所の子供達とゲーム大会をしてゆっくり過ごす事が出来た。事故直後は、助手席に乗る事にも緊張していた様子だったが、帰路は問題無さそうだった。

出発の朝に車の修理をお願いしていた工場に行き、綺麗に仕上がった車を受け取り後ろ髪を引かれる事もなく、あっさりと出発をした。翌日まで休暇を頂いていたので焦る事無く、途中にある大きなサービスエリアやショッピングモールに寄りつつ帰路に着く。あと2時間ぐらいで同棲している家に着きそうな頃にラジオから三木道山の『Lifetime Respect』が流れてきた。その曲の中にある「お前がもしもボケた時も俺が最後まで介護するで心配ないぞ 限りある人生にいっぱい楽しい時間をお前と生きたい」が流れた後に自分もこのつもりでいると伝えてプロポーズをした。彼女は、ハンチントン病の事や今回の事故の事で絶対に別れる事になる、これが最後のドライブだと覚悟して助手席に乗っていたらしく、驚きと大変申し訳なさそうにしていた。

それでも、彼女は受け入れてくれた。そして、帰路を変更して市役所へと向かい婚姻届を貰いに行った。同棲を終えて、結婚生活が始まる。

私が幸運だったのは、彼女にプロポーズをする前に病気の事を知ることが出来た事だと考えている。そのゴールが、色々と教えて頂いたからお聞きした経緯を経て看取る事だとしても。それに比べれば、一般的と言われる家庭を築き、人生設計が見えて後に病気や事故で狂わされ、そこから再スタートを迎える方は本当に凄いと思う。自分がその立場だったら同じ結論を見出した自信は全く無い。むしろ、目を逸らして簡単に彼女の手を離していたかも知れないとさえ思う。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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