ハンチントン病発病後、初の雲海

事故

周りの人がカレンダー通りの連休を楽しむ中、志願して仕事を行う事で渋滞を気にする事無く彼女と帰郷をする事が出来た。同郷二人の道中は、久々に通る道脇の変わってしまった風景の思い出話や新しく見つけたお店に寄ってみたりと和やかに過ごした。

私の家に到着後、長距離運転に疲れた私を気遣い、彼女は実家の様子を見る為に自分の運転で帰宅した。同棲先では、ハンチントン病の進行が懸念されていたが私の送り迎えや買い物など日常的に車の運転をしていた。その為、特別不安は無かった。出発して20分ぐらいが経ち、そろそろ着いたかなと気に掛けていた頃、携帯が鳴り出した。

電話は彼女からのもので、実家に向かう道中にある信号の無い交差点で事故を起こしたという連絡であった。事故現場は、彼女の実家から歩いて5分ぐらいの事だったので、私の方から彼女の父親に連絡をして対応して貰い、保険会社に連絡を入れてから私も車を借りて事故現場へと急いだ。

私が到着した時には警察も到着して居り、事情聴取もひと段落していた。以前から事故が多い交差点だった様で、お互いスピードが出ていなかったので当事者には目に見える怪我は無いようだった。警察と話をする彼女の側に行き一緒に話を聞いていた。彼女の父親は、相手の男性と警察を交えて話をしているが、言い争いをしている様な雰囲気では無かった。暫くして私たちに合流した父親に話を聞くと、偶然にも相手の方は父親の古くからの友人だったらしい。保険会社が到着する頃には、大まかな話し合いは終わっていた。

お互いの車は走行には問題無かったので、私の車は知人の自動車修理工場に持ち込み、帰郷の間に修理をお願いする事にした。彼女はひどく動揺していたので、日中も付き添える私の実家で過ごす事になった。

後日談だか、数年後に同じ道を通ると信号機が設置してあった。

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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