ハンチントン病との出会い

2007年の夏、高校の同級生だった彼女と同棲していた家に彼女の父親が遊びに来た。1年振り会う彼女の異変を笑顔の中にしっかりと感じ取られていた。

私が癖だと思っていた彼女の身体の動きと滑舌の悪さに心当たりがあったらしく、一時帰宅させて妻の実家がある地域の大きな病院を受診する事になった。

彼女の家は父子家庭で、母親は彼女が中学生の時に他界され、その時には既に離婚されていて、母親との記憶は殆ど無いそうだ。

交際を始めた頃、彼女の父親からは母親の実家があった水俣の公害病:水俣病で亡くなったと聞かされた。母親の実家に挨拶をしに行った際には、お墓と併せて水俣病記念館を訪れて、病気を目の当たりにするのと同時に彼女を健康に産んでくれた事に感謝をした。

4日後、同棲する家に2人が戻ってくると唐突に聞き慣れない『ハンチントン病』と言う病名が記載されている意見書を見せられる。正直、ハンチントンと言う響きにニヤリとしてしまうが、彼女の母親が水俣病では無く、このハンチントン病で亡くなった事、親から遺伝する病気であり母親と同じ道を辿るなら将来は寝たきりになると説明された。

受け入れ体勢が出来て居ない所に、様々な情報を浴びせられたので、その日は父親にはご帰宅頂き、彼女にどんな病院ではどんな経緯だったのか、今はどんな気持ちなのかを夜遅くまで話しを聞いた。

話しを聞きながら私は考えが纏まる所か、現実感を抱く事が全く出来なかった。

 

 

 

投稿者:

ハンチントン病の介護者

ハンチントン病を発症した妻との約束、【そばに居たい】と言う言葉を胸に約15年の自宅介護を継続中。いわゆる介護鬱にならない様に、心に5段階のスイッチを用意しています。最高?最低?の時は4つ目までスイッチが入った事があります。

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