困った

一週間ぐらい前から、妻は体調不良。

気管孔から、重く粘っこい青い痰の噴き出しが止まらない。

熱は上がったり、下がったり。

SpO2は78~98を行ったり来たり。

病院は痰切りを処方されて様子見中。

可能性を潰して行くPCR検査のリクエストはスルー。

相談の非協力的だった保健所には連絡したくないし。

どうしたものか。。

不随意運動の誤解

イメージと現実の差

ハンチントン病を始め、様々な要因で症状が出てしまう不随意運動。

深くご存じ無い方でも、本人の意思と関係無く身体が動いてしまう事はご存知な方は多いです。

そんなご理解がある方でも勘違いされておられるのは、その不随意運動が起こっている時間。

不随意運動は瞬間的な症状では無く、常に動いています。

常にと言うのは文字通り常:ずーっとです。

私がイメージをして頂く為によくやって頂くのは、病気の説明を始める前に妻の動画を観て頂いて『お話しをしている間、こんな感じに手を動かしていて下さい。』とお願いをしてからお話しをさせて頂いています。

話しの途中で手が止まりだすと『手が止まっていますよ♡』と続けて頂きます。

大抵の方は10分ぐらいでギブアップされるのですが、『そんな状態が、寝ている時間を引いて18時間365日続いています。』と続けます。

薬を使えば不随意運動が抑えられると言うのは、動きが10分に1回、1時間に1回になるという意味ではありません。

妻の場合、ベットのマットを叩く様に動いてしまう所が摩る様な動きになります。

病気や症状によっては根本治療が可能な物もありますが、治療法が確立されていない場合は、これぐらいでも本人も肉体的な負担が少なく付き添う私もケアが楽になるので、有難いです。

ドラマや映画では、分かりやすくする為にメリハリが強調されてしまいますが、実際は劇的に差が出る事は少ないです。

ただ、上の説明で【寝ている時間を引いて】とわざわざ書いたのは、深い入眠中は面白いぐらい止まっています。

そして、眠りが浅くなり出すとまた動き始めます。

これは、妻だけかも知れませんし全般的に言えるのかも知れません。

なので、意図的に入眠傾向が強く出る薬を使用して不随意運動を押えるケースは少なからずあります。

それが悪いと思いませんし、気持ちは分かります。

ただ、幸運にもその選択をしないで済んでいる事は本当に有り難いです。

これからも、この幸運が続きます様に。。

心の声

・自分が続けられない事は出来ない物と捉えられてしまう。

天孫降臨の地で自然を堪能

夜のニュースを見ていて

妻のハンチントン病が今ほど進行していない頃、車いすを車に積み込んで九州・中国地方への旅行やドライブを行う事は私たちの日常でした。

そんな外に出るのも嫌になる様な冬のある日の夜。ニュースで翌日の天気を見て居ると宮崎県高千穂方面の天気が気になりました。

その日は、お昼過ぎまで私たちの地域を含めて雨が降っていました。

翌日は快晴の為、放射冷却で冷え込みが厳しくなる予報でした。

以前から、こう言う天気だったら行ってみたいなぁと思っていた天気そのもの。

慌ててパソコンを起動し、気象庁や民間会社の予報と気圧配置を確認して翌日の早朝なら必ず見れると確信しました。

この時が、22時。

準備から出発

傍らで服薬を済ませて寝ている妻のバイタルを計ると問題無し。

車に車いすや防寒着を積み込み、2人の着替えを済ませて妻も助手席に投げ込んでキンキンに冷え込みながら満天の星が見ながら24時に家を出発しました。

妻は既に眠剤まで服薬していた為、移動はおろか道中も起きる事はありませんでした。

そんな、熟睡している妻には申し訳ないかなとも思いましたが、眠気を吹き飛ばす為に音楽をガンガンに流して、1人カラオケ状態で走り続けました。

よく考えてみれば

高千穂まであと1/3まで来た所で初めてのトイレ休憩。

温かいお茶を飲みながらよく考えてみると、今から行こうとしている所は車いすが通れるか確認していませんでした。

慌てて観光協会のホームページを見てみると、駐車場と舗装された参道も確保されている様でした。

ガイドブックにも特集が組まれる様な有名観光地でもあるので、たぶん大丈夫だろうと自分に言い聞かせて、時間調整も兼ねて暫く休憩をしてから出発しました。

時間は3時。妻は、未だ熟睡中。

神話の里

今回目指したのは、宮崎県の北部にある古事記天孫降臨の地とされている高千穂。

天照大御神がお姿を隠された天岩戸やその時に解決法を八百万の神々が話しあったとされる天安河原

古事記に由来する名所は数々ありますが、その中の神武天皇の御孫・建磐龍命(タテイワタツノミコト)が、 九州統治の際に立ち寄って国見をされたという国見ヶ丘です。

この場所は、眼下に街並みを見下ろせる展望台になっています。

天気を気にしていたのは、この地域独特の地形と天候が合致するととても幻想的な景色が観れるスポットだったからです。

街道沿いに設置されていた案内板を頼りに山道を登っていくと、観光バスや県外ナンバーの車が既に準備をされていました。

私たちが到着したのは5時。

この辺りに差し掛かった頃には妻も目が覚めていました。

日の出前の闇が深くなる時間。冷え込みが一段と厳しくなって行く中、妻を車イスに移乗させて防寒対策を兼ねたクマさんを握らせて駐車場から展望台に移動を始めました。

拓けた頂上までの道は綺麗に舗装されていて、道幅も広くとても暗がりの中でもとても移動し易かったです。

一度は観たかった・観せたかった風景

時間が経つにつけて周りにいた人たちの顔が見えるぐらい明るくなってきました。

街並みの街灯が見える方向を望みながら待っていると、明るくなっているはずなのに街並みが段々と見えなくなって行きました。

真下は町

山の方から湧き出した霧や低い空に出来る 層雲層積雲 が盆地に溜まると街灯を見えなくなってしまうぐらい濃い物: 雲海 になります。

この日は、前日の雨で水分は十分。放射冷却で雲が発生しやすい。気圧配置では強い風が起きにくく溜まりやすい。と思ったので、妻を引っ張り出してまで観に来ました。

予想は大当たり。

文字で説明しきれないので写真でどうぞ。

本当に感動的な風景でした。

妻もこの時ぐらいまでは掛ける事が出来ていた眼鏡越しに泣いていました。

最後に自撮りをしようとしていたのですが、近くにいたおじさんが二人の写真を撮ってくれました。

心遣いが嬉しかったです。

この日は、これを観に来ただけだったので特に寄り道もせず真っすぐ帰路に着きました。

今でも良い思い出です。

心の声

・おじさんに渡したタブレット。バースト撮影で20枚ぐらい撮れていた(笑)。

・妻の防寒を意識し過ぎて寒かった。

・帰る時に雲海が若干残っていて前方の車や信号が全然見えなかった。

通院の帰りに:動物園

行ける場所は限られているけど

通院の為に毎月片道1時間以上掛けて病院に行っています。

担当医は自宅から15分ぐらいの所にある県立病院にも出向されておられるので、経過観察と処方箋を頂くだけであれば、そこの病院でも構わないのです。

ただ、折角ベットを離れ車に乗るのだからドライブと気分転換を兼ねて一緒にどこかに行きたいので、遠い病院への通院を続けています。

車イスでの外出となるとどうしても行ける場所が限られてしまいますが、なるべく多くの場所を周りたいと思っています。

小学校の遠足ぶり

通院日前にインターネットで色々と行けそうな場所を検索している中で、そう言えばなかなか行かないなと思い出して地元の動物園に行きました。

県内の小学校の遠足では必ず一度は見学に行くのですが、子供が居ない私たちにはなかなか縁遠い場所になっていました。

医師との話しも終わり、院外薬局で薬の一包化をお願いする間に天気も良かったので行く事にしました。

園内は自走の方は大変だろうなと思う様な勾配が多かったですが、全てのエリアに大きな段差は無かったので園内全てを見学する事が出来ました。

残念ながらフラミンゴのショーはお休みだったのですが、キリンを始めとした動物たちを観る事が出来て楽しかったです。

他の場所でもそうなのですが、妻が観ていると動物たちが寄って来てくれます。

何か惹かれ合うものがあるのか、偶然なのか。

きっと、私たちには解らない深い部分で会話をしているのだと思います。

優しい瞳

園内を散策していると、人が集まっている場所がありました。

私たちも行って見ると、園内の散歩が終わったゾウと記念撮影が出来る様でした。

でかい

コンクリート杭の柵があるだけでゾウに普通に触れる距離で撮影をさせて頂きました。

近くで見ると身体の大きさの割にはつぶらな瞳で、特に興奮する事無く優しく接してくれました。

私はかなり圧倒されて妻を置いて逃げ出してしまいそうなへっぴり腰と苦笑いになっています。残念。

私的に一番驚いた物

園内を周ると、子供の頃に利用した事があるレストランと遊戯施設が平日の昼間の規模で稼働していました。

利用される方も少なく、電源が切られている物が殆どの中で、元気よく呼び掛けをしている物があったのでそちらの方に行ってみました。

私たちが観ていた方向からメリーゴーラウンドの裏を覗いて見ると、懐かしいフォルムそのままの彼が呼び掛けていました。

私たちが幼稚園時代にNHKで放送されていた【にこにこ、ぷん】(1982年~1992年)に登場していた【ふくろこうじ・じゃじゃまる】(因みに残り二人は、ふぉるてしも・ぴっころ と ぽろり・カジリアッチ三世らしいです)。

隣にあるプロペラ機の遊具の翼に乗っていたガチャピン&ムックも気になりましたが、こちらの方が懐かしかったです。

遊びに行ったのは5年前ですが、彼は今でも呼び掛けを続けているのでしょうか。

近々、確認にまた訪れたいと思います。

心の声

・妻が正面を向くと寄って来る動物たち。私が撮影しようと正面に立つと一斉に逃げて行く。

・近くに人がいたけど、じゃじゃまるを見つけた瞬間、『ワーッ』と声を出して恥ずかしかった。

自宅介護を続けられる幸運

褒めて頂けるけど

妻を自宅で介護している事を「偉いね」や「凄いね」と言われる。

それをそのまま受け入れても良いのかも知れないが、私としては『結婚生活をしていて偉いね』や『育児をして凄いね』といちいち言わないのにと受け取ってしまいます。

そう言って頂ける方によくよく話しを聞いてみるとご主人や奥さん、実の親御さんもしくは義理の親御さんを施設で看て頂いていた方が多い様に思います。

自宅介護をご経験された方は、その言葉より自分はどうっだったとお話しをされる事が多いです。

その方も私も、施設に入っている事が不幸だと思っている訳ではありません。自分たちが続けたい生活スタイルが続けて居られている幸運だと思っているだけです。

要するに、「(自分は出来なかった事をやっていて)偉いね」と言って居られるのだと気が付きました。

それからは、謙遜ではなく『偉いと言うより、続けられる環境が揃っていてラッキーでした』と言える様になりました。

※ここからは、前に書いていた記事の抜き出しの様になってしまいます。

性格変化をコントロール出来た幸運

これは結果論でしかありませんが、これで心が折れる事が無かったのは本当にラッキーだと思っています。

元々の妻の性格なのか色々と試した結果なのか、私自身がこの件についてハードルを上げすぎていたのかどれが1番効果的だったのかは分かりません。

ただ、事前に経験談を吸収出来る環境にあったので、私の心を折る様な出来事の前に身構える事が出来た事は大きかったと思います。

不随意運動に備えられた幸運

これも経験談を吸収する中で、自分たちも出来る事を酷くなる前から取り入れてみたり、応用する事が出来たのはラッキーだと思います。

勿論、それだけでは対応し切れずに怪我をさせてしまった事が幾度もありました。それでも、他の病気の方が提案されている事で乗り切れるもありました。

こう言う情報も、インターネットが普及する前だと手に入らなかったでしょうが、今は簡単に共有する事が出来るのでこの時代に介護を始められた事もラッキーだと思います。

訪問サービスが動き出した幸運

介護保険制度が成熟して、施設や病院で亡くなる事が当たり前になり始めて、その反動で今度は自宅で看取る事にステータスが付加され始めた時期に介護をスタートしました。

私たちが自宅生活を始めた頃と今では受けられるサービス数が全然違うので、これもラッキーだと思います。

制度上、私たちでは利用出来ない物や今以上に自己負担を求められてしまう物もありますが、自分の役割や出来る事に固執しなければひと昔前よりかは楽になっていると思います。

当たり前の夫婦生活

一口に夫婦生活と言っても色々な形があると思います。

私たちの形もその1つでしかなく、人様に褒められて喜ぶ様な事でも無いと考えています。

私は、その様に声を掛けてこちらのテリトリーに踏み込んで来られた方には、ご自身がご経験された事も聞くようにしています。

変な表現ですが、それでやっと対等にお話しが出来る様な気がしています。

心の声

・他人の家の家庭事情に又聞きで踏み込ん出来て首を突っ込むなら、それなりの通行料を出して欲しい。

・幸運かラッキーかどちらかに統一して下さい。

コロナ報道に飽きたから内容の無い殴り書き

流石に飽きた

連日に次ぐ新型コロナウィルスの報道。

感染されたり濃厚接触者として隔離生活を送られている方やお亡くなりになられた方々の事を慮っても、同じ内容ばかりで飽きてきました。

そんな情報しか流れて来ない現状では、何か書き留めておこうと思っても深刻な内容ばかりになってしまいます。

それも気が滅入る作業になってしまうので、今回はどーでもいい事をどーでもいいやと言う気持ちで書く事にしました。

新婚中に明かされた妻の秘密

同棲時代から何となく気になっていた事を、入籍した後に明かされました。

いや、正確には目撃してしまったと言うべきでしょうか。

妻の母方の実家は、熊本県です。

熊本県には、美味しい物が沢山あります。

馬刺しにからしレンコンに晩白柚。

そして、スイカ。

妻の父親が、母方のお墓に手を合わせに行かれたとよく私たちの元に様々な種類のスイカを送ってくれていました。

しかし、私はウリ科の物が食べれません。

スイカを始め、キュウリやメロンも私の人生には必要ありません。

そんな環境下でも、私たちの元に送られて来るスイカはすぐに無くなっていました。

消えゆくスイカ

ある日、大玉スイカ1個と小玉スイカ2個が送られて来ました。

私は全く興味が無かったので、てっきり妻が小分けして大家さんやご近所さんに配ったものだと思い込み、後日大家さんとお会いした時に「スイカはどうでした?」と聞きました。すると、「スイカ?何の事??」と言う返事が。

おかしいと思い、家に帰り妻が居るであろう居間に近づくと『シャク。シャク、シャク』と言う音がしていました。

ゆっくり引き戸を開けると、そこには1人半割りにしたスイカにむしゃぶり付く妻の姿が。

カメラのシャッター音に気付いて振り返る妻。

お帰りも言わず、またスイカに向き合う妻。

そう、妻の正体は【妖怪 スイカ喰い女】だったのです!

って何なんだろうこのどーでもいい文章。

結局、この時に送られて来た3個のスイカは2日かけて全て妻の胃袋に収まったそうです。

その間は、喉が渇いたらスイカを食べ、お腹が空いたら塩を掛けたスイカを食べていたそうです。

通りで、食材が減るのが遅いと思ったんだよなぁ。

因みに、2枚目の写真の左下に写っている焼き鳥は味変用の物だそうです。

スイカ嫌いの私には想像も出来ない生活です。

以上、どーでもいい事をどーでもいいやと言う気持ちで書いてみました。

心の声

・去年も作ったスイカシャーベットは、味見したけど何が正解なのかが分からないまま妻の口に運ばれた。

・妖怪の名称。もう少し良い命名が出来なかったのだろうか。

市役所&保健所&社協&県難病相談・支援センターへ現状確認とお願い

特に動きが無いので

巷では未だに、新型コロナウィルス(COVID-19)が終息する気配が感じられません。

政府を始めとした関係各所・関係機関が熱心に取り組まれている事は理解していますが、私たちは私たちで日常を停滞させる事は出来ません。

ましてや、新型コロナウィルスやインフルエンザが流行する以前から寝たきりの妻の介護を自宅で行っている私たちにとっては、現在まで続いている用品不足は予防処置ではなく現在行っている介護を行う事が出来なくなる可能性を危惧させる状態まで追い込み始めています。

良く、「自宅介護をやっていると消毒液やマスクとかは支援して貰っているのでしょう。羨ましい。」と言われます。

これはとんでもない誤解で、自宅介護では日常消耗品は基本市販を自分たちで確保しながら行います。

平時とは異なり病院内でも制限を掛けなければ行けない現状では、マスクや消毒液の確保は緊急時以外は普通の方と同じ立場です。

そして、残念ながら今現在国や県、市町村が出されている現状調査や今後の対策には中々自宅介護が盛り込まれる機会は少ないです。

それは、企業や施設単位などで纏まった声を上げられる物と異なり、どうしても基本的にはそれぞれの患者や家族が個別に行政や支援団体に声を上げて行かないと纏まった意見として採用されない側面があります。

尚、同じ方が何度同じ窓口に相談に行ってもあくまでも個別案件として処理されてしまうので、方針を検討する議題として上がって来る事自体が遅れてしまいます。

それでも、私が在住の市役所、管轄保健所、担当社会福祉協議会、県難病相談・支援センターへお伺いするのは、『現状困っているよー。困ってるから何か対応策を考えてー。』と声を出しておかないと前述した様に【何も無い事】として別の対策に時間を回されてしまうからです。

また、現状説明を省いて話しが解る所だけでなく複数個所に声を掛けておくのは、複数の会議や議題集めに取り上げて頂ける確率を上げる為に行っています。

※肝心の県庁でお話しをしていないのは、行く予定だった前日に県内初の新型コロナの陽性者が出てしまった為、対応でバタついていそうなので控えました。

管轄保健所でのお話し

まずお話しをお聞きしたのは、住んでいる地域を管轄されている保健所です。

こちらは、現在妻が患っているハンチントン病も含まれる【 指定難病 】の申請と訪問調査を定期的に行っているので私たちの現状をお伝えする項目が少なくて済むので最初にお話しをお伺いさせて頂きました。

現在、妻の様な難病登録を行っていて、自宅で寝たきりの介護生活を行っている方や気管に疾患やリスクがある方に向けて支援やケアを行っているかどうかを確認した所、『特に行ってしていない』とのご回答でした。

また、今後支援やケアを保健所として行う事を検討しているかを確認した所、『個別保健所単位では方針が出せないので、自宅介護・在宅介護をターゲットとした支援やケアは予定していない』との事でした。

ついでに、介護を行いながら介護に必要な品切れ用品の確保は難しいので、地元企業やドラッグストアやホームセンターに入荷した物を少量ずつでも訪問調査の結果を基にした順位で自宅介護者が優先的に買える様な働き掛けが出来ないかとお話しさせて頂きましたが、こちらも『個別保健所では難しい』とのご回答でした。

社会福祉協議会

次に、妻のケアのご相談をさせて頂いている社会福祉協議会(以降、社協)さんのご担当者にお話しをお聞きしました。

まず、県や市から私たちの様な自宅介護者向けに何か支援やケアの方針が出ているかお聞きした所、『特別降りて来ていないし、検討されている話は聞かない』と言うご回答でした。

社協として現状の対策やケアをご検討されているかとお聞きしましたが、『現状では具体的に動く事は決まっていない。現状としては、ケアに入っている所からお話しを聞く所から始める予定。』とのご回答でした。

こちらでは、過去のSARS(サーズ)、MERS(マーズ)、新型インフルエンザの例から考えて国や県、市町村から何か自宅介護向けに対策がありそうかとお聞きしてみました。ご回答は、『過去に特別何かあった記憶がない』と言う事でした。

市役所 福祉課

日を改めて、次に住んでいる市役所の障害者などを管轄されている福祉課にお話しを聞きに伺いました。

先に訪れた2ヶ所同様、現在自宅介護向けの支援やケアで動いているかお聞きした所、『自宅介護の様な自宅で介護をされている方に対しては行っていない』と言うご回答でした。

市内でも、私たちの様に声を上げていないが潜在的な数は多そうだと思わないかとお聞きした所、『言われてみればそうかも知れません』と言うご回答でした。

保健所にもお聞きした支援やケアが必要な方の拾い出しと個別購入が難しい用品の購入ルート開拓と協力要請の打診をしてみた所、『役所としては難しが、個人的に売り場の人間と面識があるので相談してみる』とのご回答でした。

また、こちらでのお話しで特に印象的だったのは『用品不足で不安があれば、短期入所を考えてみてはどうでしょう』と言う物。このご提案で、現状把握と認識の程度が判りました。

一応、笑い話の流れで「それって無駄にクラスター大きくする事になりません?自宅の方が人の出入りとか管理しやすくいと思いますよ。あと、そこで1人でも出たら妻は自宅に戻れないし、私も仕事を休むリスクを負う事になりますよね?」と【2回】言ってみたけど伝わったかな。

県難病相談・支援センター

こちらは自宅から1時間以上離れた所にあるので、ご担当の方にアポを取ってお伺いさせて頂きました。

今年からご担当の方が変わられていたので、ご挨拶と過去の資料を踏まえて現状説明から行いました。

その流れで、センターの方に支援やケアの方針が出ているかお聞きしましたが、『現時点では特別何もありません』とのご回答でした。

また、支援やケアの予定をお聞きしてみましたが、『現時点ではご相談を頂く事が無かったので、特に動く予定はしていない』とのご回答でした。

妻のハンチントン病と同じ様な進行をしてしまうALS(筋萎縮性側索硬化症)などの方々は、ハンチントン病より多いですが何かご相談は無いですかとお聞きすると『そう言われれば』と言う反応でした。

個人的な意見として、ハンチントン病の様な実際の患者数が少なく更に家族会のメンバーとしてご相談をされる方が少ない疾患より、病気の認知度と確認されている患者数が多い団体が声を上げて頂けると行政に届きやすいとお話しをさせて頂きました。

後半には、手に入らない消毒用品を使わずにケアを行う方法を教えて頂きました。

結果

どこも自宅介護・在宅介護に関しては動いていない。

これ以上長期化して欲しくないですが、終息する見込みが見えない時には改めてお話しをしに行かなくては。

地元国会議員や県議の中で福祉関係に強い方が居たらもっと相談が楽なんだけどなぁ。(あえて市議は抜いてみた)

妻を守るついでに、他の誰かも活用出来る様な支援制度が出来れば最高なんだが。

心の声

・保健所で、妻と同じ病気の方が医師や行政・保健所担当者とのコミュニケーションが上手く進んでいない。あなたならどうしますか?と聞いてみた。付き添いの方が居られればその方と保健所側で何度か意見交換をしてその付き添いの方の支援から始めたいし、他の所でもそうしたいと言うご回答だった。

・個人的に面識があるから相談してみる。それってあくまでも窓口に来た私たちへの個別対応って事でしょ?相談の主旨、伝わっていますか?

・個別や少数の相談で行政が動くとは期待してない。腐らず続けないと次の新型なんちゃらの時に又、大変な事になってしまう。

・本音の本音:自宅介護の患者さんが2桁ぐらい感染して、複数人死なないと動かないんだろうなぁ。